2008年06月21日

雨の日は。

雨が降るこんな日は
しみじみとしたいと思ったりする。

♪あめあめふれふれ〜・・・

ではないのさ。

こっち

雨   北原白秋作詞/弘田龍太郎作曲
(一)
雨がふります 雨がふる
遊びに行(ゆ)きたし 傘(かさ)はなし
紅緒(べにお)の木履(かっこ)も 緒(お)が切(き)れた

(二)
雨がふります 雨がふる
いやでもお家(うち)で あそびましょう
千代紙(ちよがみ)折(お)りましょう たたみましょう

(三)
雨がふります 雨がふる
けんけん小雉子(こきじ)が 今(いま)啼(な)いた
小雉子も寒(さむ)かろ 寂(さび)しかろ

(四)
雨がふります 雨がふる
お人形(にんぎょう)寝(ね)かせど まだ止(や)まぬ
お線香(せんこう)花火(はなび)も みな焚(た)いた

(五)
雨がふります 雨がふる
昼(ひる)もふるふる 夜(よる)もふる
雨がふります 雨がふる

こんな気分のほうが
ぴったりくる。

雨の風情は
長靴履いて楽しく歩く感じじゃあないのよねぇ。

しとしとという音がいい。
さびしいようで
しんみりしているようで
でもなんか雨って落ち着く感じがする。

歌の中の子は
雨が降ってる
外で遊べない
つまらない・・・って思ってると
思うんだけどね。

でもただつまらないだけじゃないんだ

私だったら
たまにはこんな日もありかなーとか
思ってしまう。

鳥の声に寂しさを聞いたら
軒先まで出てみて
おーい、こっちおいでとか
言ってみたい気分だったりして。

子供は待ちきれないものだよねー。

雨がやむの

まだかなーとかって
千代紙折りながら外を見つめていたりして。


もうひとつ
雨といえば〜

「てるてる坊主」だな、やっぱり。

歌詞はすべてはかけないデス。

♪てるてる坊主、てる坊主・・・

で始まる歌。

昔よくティッシュで作ったなぁ

あれってのっぺらぼうでつるしといて
晴れたら顔を書いてあげるんだったよな。

逆に雨にしたけりゃ
坊主は逆さづりに。
それか真っ黒で

この歌、3番を歌うと
ひどいなぁって
お年寄りにも言われる。
(真剣に詰め寄られたことはないけどね)

なんでか。

もし雨が降ったならこうだもんな。

♪そなたの首を ちょんと切るぞ〜

こわ(ーー;)

だから2番までしか知れ渡ってないとゆーわけでぇ(ーー;)

でも実際
風習としてこうしたのかしら。
wikiには書いてなかったみたいだけど
他のとこは検索できてないけどねぇ。

ま、あたしゃ晴れでも雨でも
それはそれなりに好きなんですが。

気温と連動したこのじめじめさは
仕事の時は勘弁していただきたいと
昨日は真剣に思ったもんだ(ーー;)

扇風機あって
服の通気性がいいだけでこの差(爆

まぁ明日は雨ふったりやんだり

眺めてのんびりできるならしておこう(ーー;)

♪雨が降ります 雨が降る〜・・・
posted by 夢野舞歌 at 01:24| Comment(3) | TrackBack(0) | 童謡的随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月13日

春の仲良し、赤い帽子白い帽子

音楽好きをうたっていながら
別ジャンルにしたら
ブログで全然語ったことないなぁw

ちょっとずつ
更新情報もかねて
語らないとね。

今頃の季節だと
入学式でさ。
子供はみんな
手をつないで学校にいく。

のちのち起きる問題なんて
このころの子なんか
関係ないさ。
知らないし、分からないんだもの。

今は教科書にすら
載ってないんじゃないかなぁ・・・?

こんなのがバカバカしいと
思っちゃいけないと思う。

風の神殿にも今日乗っけました。
「赤い帽子白い帽子」

武内俊子 作詞 河村光陽 作曲

赤い帽子白い帽子 仲良しさん
いつも通るよ 女の子
ランドセルしょって
おててを降って
いつも通るよ 仲良しさん

赤い帽子白い帽子 仲良しさん
いつも駆けてく 草の道
おべんとうさげて
おててをくんで
いつも駆けてく 仲良しさん

赤い帽子白い帽子 仲良しさん
いつもたのしい 笑い声
おひより 小道
かげぼうし踏んで
いつもたのしい 仲良しさん

赤い帽子白い帽子 仲良しさん
いつもかわいい 歌い声
黒い靴 はいて
赤い靴 はいて
いつもかわいい 仲良しさん




posted by 夢野舞歌 at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 童謡的随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月09日

音楽教育って・・・(汗

日本の音楽について
あれこれ書かれていたけど
私自身は
日本の音楽をもっと
世間に知らせる方法がないかなと
考えていたりするわけで。

ただし演奏活動などは
相方がおらず
撃沈してるけど。
また、私はどっちかいうと学者気質で
うまくそういうことを表現できるか
かなり疑問だけど。

作曲家とかは
日本音楽を作っていく方向に流れているが
テレビなどの媒体が
音の洪水を浴びせてる

・・・というのは
先の手紙読んでいて
まったく同感だった思い。

今、教科書に
流行歌がたくさん
入ってきつつある。
そうじゃないのもあるけどさ。
けど・・・。

童謡や唱歌って
学校教育の中では
滅びるしかないんか?

鑑賞教育にしてもそうよ。
西洋クラシックばっかりでさ。
日本の音楽をなぜ聞かせない。

疑問じゃないのか・・・?

音大に通っていて
2年なったくらいから
疑問に思い出したんかもしれん。

音大だって
もっぱらクラシックでしょ。
ねぇ?

私が行っていたところは
日本の歌専攻ってあったけど

すごく申し訳程度に見えたのは
私の目がいがんでいるんか?

もっと触れるチャンス
作りたいよね。
日本の音楽。
もっと知ってほしいよね。
日本の作曲家。
洋楽だけが
POPだけが
音楽じゃないんだって

藤井清水は
その可能性みたいなのに
気づいていたかな。
都会で毒された音楽ではなく
土に返ろうと
別の資料で言っていた。

・・・私も
なにか
したい。

けど・・・。

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posted by 夢野舞歌 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 童謡的随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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