2004年12月02日

郷土の唄ー船唄

先日の各地のひなうたの続きである。
今回は船唄の抜粋の巻・・・



「順序としてまづ私の郷土(広島県安芸郡中部)に唄はれてゐる物からはじめよう。
この、郷土の唄だけは先年発表した稿に基き、それを其後、蒐集したものを加えて説くことにする。
断っておくが「郷土の唄」と一口に云ってもここに集めたものは必ずしも郷土で生まれ郷土のみで唄はれてゐる(もしくはゐた)唄ばかりではない。

殊に古い時代の唄には、それが純郷土的のものか、または一般に流布した流行小唄の類に属するものか、そこにはっきりとした断定を下し難いものがある。
そのへんは厳密な区分をせずに置いた。

イ 船唄

金色の柑子が目に輝く芸南の高畑に立ち尽くして紫になごみ渡った沖合いを見渡せば、大島小島は薄く濃く霞に浮んで、瀬戸内海はまさに一幅の画図である。

この美はしい内海を西に東にすべり行く舟はさながら遠い夢の国から流れてくるような唄声を波の上に伝える。
その暢やかな、(のびやかな)しかも形状しがたい放大な音調は、いかに良く彼ら船人の生活と情趣とを表現せるかに思はしめる。
但し玆に採譜した旋律Aはこの船唄が私の郷里の農村で農民の作業歌として転用されているものであって真の船唄の原型を完全に保有していない。
俗間よく唄われている舟歌としての旋律はいま少し単純素朴なものである。
Bの如きがまづ略ぼ原型に近いものであろう。

左に掲げた歌詞は最も人口に膾炙せるものである。

♪ヤァレ船頭可愛や音戸の瀬戸でヨウ、
   一丈五尺の櫓がひわるヨウ(または「しわる」)

♪沖の暗いに白帆が見える
   あれは紀の国蜜柑船

これもよく人に知られたものである。
この歌詞は岡山県小田郡の船唄として文部省の本に出ている。
広島県の部には載せていない。
(俚謡集拾遺281頁参照)音戸の瀬戸は安芸の国の南部にあって呉軍港の南方約一里、本土と倉橋との間に挟まれた、有名な早瀬である。
その昔平相国入道が切り開いたというので知られている。
例の、扇を上げて夕日を招返したという口碑の本場であるが清盛の我儘な生活がこうした超科学的な伝説にも窺はれて面白い。
清盛の墓碑はこの瀬戸の中の五・六坪ほどの小島(?)に残ってゐて三年ごとの盛んな祭礼が音戸町民によって行はれてゐる。

この唄に続けて「ゴットンゴットン」または「ア船頭さん何処なら、三原の沖じゃえ」といふ様な囃子をつけることもある。
(三原は同県御調郡にある旧城下で糸崎港に約半里、山陽本線が通過している。)
{↑ちなみに現在の三原市のことです、ハイ(汗}

この唄の発生地は明らかにし難いが、瀬戸内海のうち主として広島愛媛二県を中心とした海上もしくは其の沿岸であらうといふことは、この本唄によっても察しられる。
日進背ね期中、大本営を広島に進められた頃、多くの地方唄と共に流行唄として現れたといふことである。」

ふー。

原文は楽譜が載っていたけど
その楽譜どおりMIDIで再現かけてみました。
日本の小節って
結構難しいデス。
MIDIで打つとなると
細かいところをかなり計算してるんで・・・。

んと。
多分民謡として流行ったものではなく
純粋に土着の唄・・・のようで。
子供の頃結構祖母が歌っているのを
横で見てきたけど
これは知らない・・・です。

しかし2番目の歌詞は見たことあるぞ・・・と思ったら。

こんなところで見かけました。

ふむ。。。

これは楽譜載ってないかなあ。
この曲だと合わないかなあ。
唄い試していないので
それはまた書いてみますです。。。

でも和歌山のことだけれども・・・

広島とか愛媛とかでも唄われていたんだろうか。

ちょっと疑問符。


posted by 夢野舞歌 at 15:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 藤井清水資料抜粋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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一言
Excerpt: くだらない事を書いてます。暇だったら覗いてください。
Weblog: 毎日一言ブログ
Tracked: 2004-12-02 15:07
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